腹部大動脈瘤
病気の概要
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大動脈は、心臓から全身に血液を送り出す、体内で最も太い血管です。大動脈瘤とは、自身の血圧によって大動脈の壁が弱くなり、こぶのように膨らんでしまう病気です。動脈硬化が原因であることが多く、その他に感染症や生まれつき、ケガなどが考えられます。
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こぶができた場所によって、胸部大動脈瘤(上行大動脈瘤・弓部大動脈瘤・下行大動脈瘤)・腹部大動脈瘤に分類されます。胸部から腹部にかけて繋がってこぶがある場合を胸腹部大動脈瘤といいます。大動脈瘤の中で最も多いのが、腹部大動脈瘤です。腹部大動脈瘤の9割以上が腎動脈と腸骨動脈分枝部間に発生します。
大動脈瘤が破裂し、大動脈瘤破裂になると、腹部や腰部などに突然の激しい痛みが生じ、突然死に繋がる可能性があります。
70代 男性 腹部大動脈瘤破裂
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※血腫:出血した血液が体内に溜まった状態
症状について
大動脈瘤が徐々に大きくなる段階では無症状で、大動脈瘤が破裂しない限り自覚症状がないケースが多いのが特徴です。そのため、別名サイレントキラー(静かなる殺人者)とも呼ばれます。
まれに、破裂しなくても症状が出ることがあります。大動脈瘤が大きくなると、周囲の組織を圧迫し、腰や腹部に痛みや圧迫感を生じることがありますが、他の病気と区別がつきにくく、大動脈瘤の診断に至らないこともあります。やせている方ではお腹にこぶが目立つようになったり、お腹を触ったときにこぶの中を流れる血流の拍動を感じたりすることもあります。炎症性あるいは細菌感染性の大動脈瘤では、発熱を伴う腹痛や腰痛が出現します。
腹部大動脈瘤は、自覚症状が出ないことが多いため、健康診断や別の病気でCT検査や超音波検査を受けたときに偶然見つかることがほとんどです。
もし、大動脈瘤が破裂すると、強烈な痛みとともに大量出血によるショック状態に陥り、突然死することもあります。破裂した場合、死亡率は80~90%にも上るといわれているため、動脈瘤が基準の大きさを越えている場合、手術が必要になります。
検査について
血管内に造影剤という薬をいれる造影CT検査を行います。これによって瘤の大きさや形、壁の様子などがわかります。必要に応じて、血管超音波検査(血管エコー検査)、心臓超音波検査(心エコー検査)、MRI検査、血管造影検査なども行われます。
【ご参考】
治療
大動脈瘤は、破裂すると命に関わるため、破裂を予防することが重要です。大動脈瘤の拡大を防ぐため、血圧を下げる薬を服用するケースもありますが、現在のところ破裂を完全に防止できる有効な薬はありません。
そのため、大動脈瘤の大きさ(4.5~5㎝以上)や形、全身的な健康状態により、経過観察でよいか、手術的治療が必要かの判断がなされます。
手術の場合、「人工血管置換術」「ステントグラフト内挿術」の2つの方法があります。いずれを選択するかは、患者さまの年齢や病態、ライフスタイル、各手術方法のメリット・デメリットなどを総合的に判断し、決定されます。
人工血管置換術
腹部を大きく切開し、こぶのある部分を合成繊維(ポリエステル)でできた人工血管に置き換える方法です。比較的年齢の若い方で大動脈瘤以外に重篤な病気を持っていない方であれば、第一選択になるケースが多いです。
(メリット)
- 安全で確実性が高い。
(デメリット)
- 腹部を25㎝ほど切開するため、身体への負担が大きい。
- 手術時間や入院期間が長期になる。(【例】手術:4~5時間、入院:術後2~3週間)
- 術前の体調・生活レベルまで回復するのに時間を要する。
- 術後、腹壁瘢痕(ふくへきはんこん)ヘルニア(脱腸)や腸閉塞などの合併症を発症する可能性がある。
50代 男性 腹部大動脈瘤
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人工血管置換術(術前)
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人工血管置換術(術後)
ステントグラフト内挿術
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折りたたまれたステントグラフト(金属製のばねのような骨組みを縫い合わせた人工血管)を収納したカテーテルをそけい部(足のつけ根)を約3㎝切開して血管から挿入し、患部に到達したらステントを拡張して大動脈内でその形状を維持させる治療法です。
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使用可能なステントグラフトの一例
腹部の大動脈は、「人」の字のような形状になっているため、大動脈側と左右の腸骨動脈側の3カ所で血液を動脈瘤内に流出させないようにブロックします。そうすることで血液が動脈瘤の壁に圧力をかけないようにし、動脈瘤が破れないようにします。やがて、動脈瘤は膨らんだ風船が萎むように小さくなります。
動脈瘤以外の合併症を持つ方や高齢の患者さまなど、身体に負担がかからない手術が好ましい方に適応されます。
(メリット)
- 開腹を必要とせず、手術時間が短く、身体への負担が少ない。
- 合併症のリスクが低い。
- 開腹術に比べて回復が早く、入院期間が短い。(術後7日。皮膚を切らない経皮的アプローチの場合3日程度でも可能)
- 術前の体調、生活レベルに戻るまでの時間が人工血管置換術に比べて短い。
(デメリット)
- ステント治療を行える動脈瘤のタイプは限られており、全ての患者さまに適応できるわけではない。
- 治療後長期間経過すると、漏れが生じる、折れ曲がる、位置がずれるなどのケースが生じる可能性があり、追加治療を必要とする場合がある。
70代 男性 腹部大動脈瘤破裂
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ステントグラフト内挿術(術前)
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ステントグラフト内挿術(術後)
米盛病院 血管外科・心臓血管外科では、様々な患者さまに対応できるように治療のバリエーションを増やし、患者さま一人ひとりにとってより良い治療法を選択できるように努めています。
最近では、ステントグラフト治療の適応を拡大すべく、以下の治療を行っています。
コイル塞栓
ステントグラフト治療の適応拡大のため、内腸骨動脈などのコイル塞栓を行うこともあり、さまざまな手技をプラスすることで患者さまがステントグラフト治療の恩恵にあずかることができるように努めています。
さらに、コイル塞栓には、エンドリーク防止の目的があります。エンドリークとは、ステントグラフトを留置した後の大動脈瘤の中に血液が漏れることをいいます。エンドリークにはいくつか種類があり、中でも大動脈瘤から分岐していた血管から血液が逆流して大動脈瘤内に流入するタイプが最も多く、Ⅱ型エンドリークといいます。
コイル塞栓という手法を用いて血管を塞栓することで、ステントグラフト留置後の大動脈瘤径の縮小を誘導するとともに、ステントグラフト治療の長期経過で生じる大動脈瘤の拡大や破裂を減少し、長期生存を目指しています。
80代 男性 腹部大動脈瘤
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内腸骨動脈 コイル塞栓(術前)
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内腸骨動脈 コイル塞栓(術後)
50代 男性 腹部大動脈瘤
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腰動脈、下腸間膜動脈 コイル塞栓(術前)
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腰動脈、下腸間膜動脈 コイル塞栓(術後)
内腸骨動脈の温存
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ステントグラフト治療の適応拡大のため、内腸骨動脈を閉塞した場合、臀部(おしり)の筋肉への血流が低下し、殿筋跛行(長距離を歩こうとするとおしりのところに痛みやだるさが出現し、休憩するとその症状が改善される症状)を生じるケースがあります。
そこで、当院ではEXCLUDER IBE(Iliac Branch Endoprosthesis)を用いたステントグラフト内挿術により、内腸骨動脈を温存した治療を行い、患者様のQOL(生活の質)の維持・向上に努めています。
60代 男性 腹部大動脈瘤
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EXCLUDER IBEを用いたステントグラフト内挿術(術前)
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EXCLUDER IBEを用いたステントグラフト内挿術(術後)
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監修:山本 裕之
心臓血管外科主任部長・血管外科部長
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