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2019.04.23(最終更新日:2020.03.23) Dr.崔の ユーラシア大陸横断記

Vol.5 幸福のアラビア

 かつてアラビアには3つの国があったという。
ひとつは現在のサウジアラビアに位置する「砂のアラビア」。
そして「岩のアラビア」。これは現在のヨルダンやシリアの辺りに相当する。
もうひとつがアラビア半島南端にあたる「幸福のアラビア」である。
シバ王国の頃には、海のシルクロードの中継点としておおいに繁栄した。
この分類でいくと、イエメンは「幸福のアラビア」の末裔とでも言えるだろうか。
イエメン滞在の数日間は瞬く間に過ぎていった。旧市街を心ゆくまで散策し、マーシーのサナア近郊ツアーに参加し、現在のイエメンを垣間見ようと新市街にも足を延ばした。
カートを噛みながらマーシーと色んな話をした。結婚式の宴も見物した。チキンの丸焼きや駱駝の焼き肉、魚の丸焼き、マーシー近郊ツアーで寄ったホテルでは、客人をもてなす為の立派なイエメン伝統料理の数々を口にした。果物をその場で搾ってくれる生ジュースや、練乳がたっぷり入ったこってり甘いチャイを飲んだ。多くのアラブの男達の親切に触れた。
ホテルの屋上から夕日に染まった「幸福のアラビア」の末裔たるサナアの旧市街を飽かず眺めた・・・。
バックパックが無事戻ってきた私は、憂うべき事がなくなり、晴れやかな気分で旧市街を彷徨う事が出来た。昨日荷物が行方不明の状態でも私の心をうきうきさせてくれた旧市街だが、今日はその魅力を一段と増したようだった。
ほとんどの道が、幅は車が1台通れる程度。広くてもやっとすれ違えるぐらいである。
なので、旧市街の中にはあまり車は走っていない。
道は必ずしも真っ直ぐではないし、碁盤の目状に区画整理されている訳でもない。
車が発明される遥か以前からの街並みであり、車の走行を考えて街が建設されていないので車で走ろうと思わないのが普通だと思うのだが、それでもやはり車を走らせる輩がいるのである。歩いていると前方から車が道幅いっぱいにやって来て、歩行者が引き返して手前の角で車の通過を待たねばならないという困った事態が起こり得る。行き先の道が思ったより狭く、立ち往生している車も見掛けた。すれ違いざまに車が擦れ合う、あるいは壁にぶつかるという事もありそうだ。そういう道が縦横無尽に旧市街を縫っている。曲がりくねっているので容易に方向感覚を失う。
灼熱の太陽のもと、敢えて地図も見ずにぶらぶらしていると、不意に先程の場所に戻ってきてしまう事があるのだが、それがまた楽しいのだ。では今度はこっちの方へ進んでみようと新しい景色が広がっていくのである。
歩き疲れて、少し休もうかと広場の隅にあったジューススタンドでマンゴージュースを買ってみる。
たっぷりのマンゴーの皮を剥いてミキサーに入れ、グラスになみなみと注いでくれる。この至福の一杯は50リエル、約25円だった。

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