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2019.06.26(最終更新日:2020.06.29) Dr.崔の ユーラシア大陸横断記

Vol.7 人生もまた旅なのか?

 多くのものを獲得し、多くのものを喪失してきた。ある時期まではそれらのものを蓄えておく器の大きさも大きくなっていったが、それ以降はその大きさを維持するのがやっとであり、あるものを獲得すれば今まで持ち合わせていたあるものを喪失する。時間軸はあらゆるものにとって平等に進行して行き、空間とは違って決して戻ることは許されない。生きているその瞬間その瞬間が分岐点であり、常に我々は選択を迫られ、決定を下さなければならない。その一つ一つの決定によって、獲得また喪失し、人生は紡ぎ出されていくのである。旅もまた、その都度その都度、数々の決定をすることによって紡ぎ出されていくという点では似ていなくもない。
 私の人生も無論、無数の決定によりここまで辿り着いたわけだが、遠くの航跡ほど目立たなくなるように、昔のことは忘れてしまった。大器晩成という言葉を固く信じ、いい年をした壮年になってしまったが、自分に対する見極めもある程度はたった。それでも人生を振り返るにはまだ早いのかもしれない。
しかし、日常に埋没しているとなかなか出来ないことではあるし、インドの山奥で思いつくままに辿ってきた道を反芻するのも悪くない。
 デリーの宿で目覚めると、体のだるさは抜けきっていなかった。もう1日デリーで疲れをとるか、さっさとリシュケーシュに行ってしまうか逡巡したが、昨日の暑さを思い出し、宿を飛び出した。地下鉄でバスターミナルまで行き、ハルドワール行きのバスに乗った。オンボロと呼ぶに相応しいバスにはエアコンはおろか扇風機もついておらず、とにかく暑い。窓を開けるのだが、そうすると砂埃が舞い込んでくる。
 隣の座席のインド人は私などお構いなしにぐいぐい体を押し付けてきて少しでも広く腰掛けようとする。あつかましいにも程があるが、これがインドなのである。私も負けじと自分のスペースを確保するため押し返す。いい加減にしろと鋭い視線を投げかけても済ました表情。疲れる。
汗と埃とにまみれ、バスに揺られること7時間。ようやくハルドワールに着いた。ハルドワールでバスを乗り換えさらに1時間でリシュケーシュに到着した。
リシュケーシュで投宿したのはヨガを学ぶ為のアシュラムに付属したホテルだった。値段はそれなりにしたが、部屋は広々としており、何より庭を隔ててガンガーに接しているのが良かった。
窮屈なバスの旅から開放されたことだし、朝から水分ばかり摂取していたのでさすがに空腹を感じ、散歩がてら夕食に出掛けた。
ガンガー沿いの参道のような道を歩いていると、さすがにヒンドゥーの聖地だけあってインド人観光客と思しき人々が多い。また、ヨガの聖地としての魅力を感じた外国人観光客の姿も多々見かける。道の両側にはアクセサリーを売っている店や、土産物屋、参拝道具を商う店、レストランなどが並んでいる。
強烈なお香の香りが鼻をつく。ここでも極彩色の神々が息づいている。
私はデリーからの疲れをよそに、再びインド的狂熱に包まれるべく歩いた。
人々のざわめきや寺院の鐘の音、そして輪廻転生から解脱を得ることが出来るとされるガンガーの悠久の流れ。神、祈り、喧騒、貧しさ、生や死、この国はなんてエネルギーに満ち溢れているのだろう、聖なるモノも俗なるモノも。
 私はターリー(カレー定食とでも言おうか)を食べながらそんなことを考えていた。
デリーに比べると暑さは随分ましだった。
しかし暑さに変わり、私の睡眠を妨げたのは蚊だった。何度も何度も刺され、熟睡することは叶わなかった。
アシュラムのプログラムでは早朝から瞑想の時間が設けられているのだが、結局毎回寝過ごして、1度も参加することが出来なかった。それでも何とか6時30分からのヨガには参加し、立ち木のポーズや蓮のポーズ、カラスのポーズといったストレッチやバランスをとる要素のポーズに四苦八苦してみた。単純な姿勢をとるだけでも、日頃の姿勢が悪いからか、なかなか苦労してしまう。
先生はイメージとかけ離れていた。私が想像していたのは、髪とひげを長く伸ばした小太りなおじさんがゆったりとした道着を着ているというものだったが、実際はすらりとスマートな、若者だった。講堂のような場所で、その先生が生徒の前でポーズをとり、生徒が真似をするという授業スタイルだった。
呼吸法も大事にされており、「インヒール、エクスヒール、ビキニヒーール」と先生が言う(果たして本当にそう言っているのかは定かではないが、私にはそのように聞こえた)ので、息を吸い、吐き、そして深呼吸をする。インヒールはおそらくinhale(息を吸う)、エクスヒールはおそらくexhale(息を吐く)、ただビキニヒールは何なのか分からなかったが、先生が深呼吸していたのでおそらくそういう単語があるのだろう。ひょっとするとdeep inhaleがビキニヒーールと聞こえていたのかもしれない。静寂に包まれた講堂に、先生の声だけが朗々と響く様は、一種荘厳な感じがしてなかなか趣深かった。

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