SmaHapi(スマハピ)まわりの人たちの笑顔のために。緑泉会Webマガジン。

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2019.03.25 Dr.崔の ユーラシア大陸横断記

Vol.3 旅人は何故市場に惹き付けられるのか?

 祐里ちゃんとはバンコク近郊へショートトリップに出掛けた。
メークロンという町に面白い市場や蛍を見に行くべく、タクシーとバスを乗り継ぐ事2時間。のんびりとした田舎町という風情の駅前でバスを降り、まずは今晩の宿を探す。
メークロンに関する情報はインターネットのブログを見ただけなので、どこにホテルがあるかは分からない。だが、今までの旅の経験から、駅の近くにホテルがあるだろうと見当をつけて
地元の人に聞きながら探していると、あっさりとアルファベットでHOTELと明記された建物に行き着いた。値段を確認していると、当然向こうは我々2人が同じ部屋に泊まると思っていて、1部屋いくらという提示をしてくる。こうして2人で泊りがけで来たのだから、この様な
シチュエーションを想像、いや失礼、期待していなかった訳ではない。私は祐里ちゃんの方に顔を向ける。と、「安いし、いいんじゃないですか?」彼女は事も無げにおっしゃる。
私の心がざわついたのは言うまでもない。
部屋に荷物を置き、早速2人でお目当ての面白げな市場に行ってみた。
その市場は線路上にあり、列車が近づいてくると、1度店をたたんで通過した後に再び店を開くという、なかなかユニークな市場である。なるほど、確かに列車が来ると列車すれすれまで商品を片付け、通過した後にもう一度陳列し直している。
毎度毎度列車が通る度に商品を片付けたり並べたりする
くらいなら他の場所に市場を構えればいいのにと考えて
しまうのは、効率を最優先にしてきた現代日本に生まれ
育ったからであろうか?
市場で売られている物は実に多様で、野菜や魚といった食材や日用品、衣類など、贅沢さえ言わなければ揃わない物は無い程だ。それら多くの品々の中で、私に南国を強く印象付けるのは果物だ。
バナナやパイナップルといった日本でも普通に見かける物から、マンゴーやパパイヤ、マンゴスチン等の、日本では少し値の張る物まで種類が豊富である。
マンゴーやマンゴスチンは日本でのように特別高級という感じではなく、コストパフォーマンスは非常に高い。味に関しても、少なくとも私の舌を満足させるに十分な美味しさだった。
市場を見物した後は祐里ちゃんと夕暮れ前の町を散歩した。
両脇に縁日のような露店が並んだ道を歩き、寺院の境内でセパタクローをタイ人の群衆に混ざって観戦した。タイの人達は本当に楽しそうにのんびり観戦していた。
バンコクの喧騒が嘘の様なのどかな光景だった。
宿のおやじお薦めのナイトマーケットも覗いてみた。
メークロンはあまり大きな町ではないので市内バス路線が発達しておらず、その代わりにソンテウというトラックの荷台を座席に改造した乗り物が住民の移動に一役買っている。
おそらく時刻表などは無く、客をある程度乗せ採算が合うまで出発しないという、アジア的頑固さに基づいた交通機関である。ただ、路線上であればどこで乗り降りしても良いというアジア的融通の良さも併せ持っている。
ドナドナよろしく祐里ちゃんと荷台で揺られ、川沿いの市場に着いた時、その幻想的な美しさに目を奪われた。川の両岸には多くの店が並んでおり、軒先にたくさんの裸電球をぶら下げている。その柔らかい光に映し出される川面を行き来する何艘もの手漕ぎボート。
ボートの上には商品が積まれ、行き交う舟同士あるいは岸で待つ客と商売をするのだ。舟が浮いていない水面には裸電球の光がキラキラと反射し、上下から優しい光で包まれた周りの風景は、淡い思い出の中の一コマの様な、非現実的な感をさせる程だった。
焼き鳥を頬張り、タイビールを片手に祐里ちゃんと川の景色を眺めながら他愛もない話しをする。ボートに乗って螢も見に行った。点滅するタイミングが早過ぎて、日本の螢の様な趣は無かったが、その数の多さでまあなかなかの見物であった。何より祐里ちゃんが喜んでいたので良しとしよう。
 さて、楽しく過ごしていると時間が経つのは早く、夜も更けてしまった。
ではそろそろ帰ろうという事になったのだが、帰りのソンテウが無いらしい。通りで待てども、待てどもソンテウが来ないので通りがかったタイ人に尋ねてみると、「ノーソンテウ、ナウ」という答えが返ってきた。タクシーなど走っている気配の無い町だ。2人はしばし途方に暮れた。しかし人間本当に困った時には普段眠ってしまっている力を発揮することがあり、私は道行く車やバイクをヒッチハイクしだした。こんな真夜中に、言葉も通じない異国の地でヒッチハイクとは何と無謀なんだと思われる方もいよう。確かにそうだ。しかしヒッチハイクしか方法が無いのも事実なのだ。宿まではとても歩いて帰れる距離ではなく、野宿も厳しい。私1人なら何とでもなるが、若い女の子が一緒なのである。私には、止まってくれた相手が怪しければその時断ればいいという考えがあった。何より、私はこれまでの旅を通じて、世の中にはあくどい人よりずっと多くのそうでない人々が日常を営んでいる事を、身をもって知っていた。
向こうから接触してくる者には良からぬ輩の比率が高いが、こちらから接触する者が悪人である確率は極めて低い。私は読者の多くが、状況さえ許せば困っている人に手を差し伸べる事を確信している。万が一、悪い人だったらどうするのか? それはもう運と思って諦めるか、そうせざるを得なかった状況に身を置いた自分を責めるより仕方ないであろう。
 私達は運が良かった。地元の高校生達の原付3台連れが止まってくれ、「ノーソンテウ、ノーソンテウ」と今の状況を非常に分かり易い英語で伝え、「ステーション、ステーション」とこれまた非常に分かり易い英語で我々が連れて行って欲しい目的地を告げた。
彼らは3台それぞれが2人乗りしていたのだが、2台が3人乗りになる格好で、我々を駅まで連れて行ってくれた。ちなみに原付に乗っていた高校生達はみんなノーヘル。当然私達2人もノーヘルで、2人乗り3人乗りの原付3台が結構なスピードで夜の田舎町を疾駆するのは悪くなかった。別れ際も気持ちのいいもので、恩着せがましい所は一切無く、別れの握手をしようと手を差し伸べると、全員が笑顔で応えてくれた。「これでコーラでも」と差し出した謝礼も、最初は頑なに拒んでいたが、私の押しが強く決して引かないと悟ったのか、最後にははにかみながら受け取ってくれた(この様なお礼の仕方しか出来ずに申し訳なく思っている)。
笑顔で手を振りながら去っていく彼らの姿が見えなくなった後、我々はホテルの部屋に戻った。その後の私に意気地があったか否かを知るのは祐里ちゃんと私のみである。
朝は窓から差し込む陽光で目が覚めた。
2人で市場へ朝食を食べに行く。
私は鶏肉の入った米の麺をいただいた。
スープに麺と香草、鶏肉が入っただけのシンプルな1品だが、あっさりとした塩味のスープが朝食に適している。
25バーツ(約75円)。
2人の今日の予定はダムヌン・サドゥアック水上マーケットに行く事である。
バスの運転手に行き先を告げ、降ろされた場所は水上マーケット入口からは少し離れた所のようだった。この水上マーケットの楽しみ方は、ボートに乗り込み、網の目の様に張り巡らされた水路をクルーズしながら買い物を楽しむというものだ。
水路には昨日見たような小さな手漕ぎボートが行き交っており、果物やお菓子、土産物を売っている。また水路の両側にも店が出ていてジュースや軽食を売っている。
もちろんボートに乗るにはお金が必要で、おそらくその運賃がこの観光施設の大きな収入源と思われる。ただ、このボートを運用する会社がいくつか競合していて、入口に向かって歩いている我々2人に声を掛けてくる訳である。
「500バーツだよ」から始まったが我々は相場を調べていたので、吹っかけてきていると相手にせず通り過ぎた。すると背後から「400バーツ、400バーツ」と同じ男の声が追いすがってくる。それでもまだ高い。しばらく歩くと別の会社の女性から声が掛かった。
「400バーツでどう?」。さっきより言い値が安い。「高い!!」。祐里ちゃんと声を合わせるように日本語で応えると、「350」とまた値が下がる。「200バーツならOK」とこちらから提案すると、女性はしぶしぶという感じで了承した。
 細い水路はいかにも南国らしい木々の間を縫うように走っており、ボートはギリギリすれ違うように行き交っている。
我々のボートに乗っているのは私と祐里ちゃんと漕ぎ手の3人だけである。祐里ちゃんは一番先頭の席に陣取り、楽しそうにシャッターを切っている。
時々、他のボートのおばちゃんからお菓子や飲み物を買っては分けあったりした。
ここのマーケットは地元向けというよりはむしろ観光客向けのものなので、多くの欧米人観光客もいた。ゆっくりと手漕ぎボートに揺られ、水辺の景色や売買の様子を眺めた。
肌を刺す日差しの中、のんびりとした時間が流れていた。
 その後、我々はダムヌン・サドゥアックを後にしてバンコクに帰った訳だが、この2日間で3つもの市場を訪れている。
旅人は何故市場に惹き付けられるのか?
市場が観光名所になっているのは何もここだけではなく、ホーチミンのベンタイン市場やイスタンブールのグラン・バザール、バルセロナのサン・ジョセップ市場、身近な所では東京の築地市場など、世界中に観光客を魅了する市場が数え切れない程存在する。
繰り返す。旅人は何故市場に惹き付けられるのか?
そこに品が溢れているからか? そこに人が溢れているからか?
そこに欲が溢れているからか? そこに欲を満たした幸せが溢れているからか?
そこにエネルギーが溢れているからか?
そこに人々の日常を垣間見ることが出来るからか・・・?
バンコクに戻った私はイラン大使館でパスポートを受け取ると、次の目的地を決めねばならなかった。
さあ、次はどこに向かおうか?

(米盛病院院内広報誌:2010年夏号より)

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