看護師を目指したきっかけは、10歳の頃、アフリカの難民キャンプを特集しているテレビ番組を見たことです。看護師が活躍している場面を見て、憧れを抱きました。
晴れて看護師資格を取得後、大阪の病院に就職。その後アメリカに語学留学し、国際救援に力を入れている名古屋の病院に就職しました。働きながら国際救援要員として活動するために、必要な研修に参加し、2008年にフィリピン地域保健事業(6ヶ月)、2010年にタンザニア難民キャンプ支援事業(1年)、2012年にハイチ大地震復興支援事業(9ヶ月)に従事しました。病院、人材、資機材などが不足し、日本であれば助かる命も助けることが難しい環境でしたが、そのような環境でもたくましく生きる現地の方々に多くのことを学ばせてもらいました。
これまでの経験を通して、地元で救急、災害、僻地医療に関わっていきたいと思い、救急医療や僻地医療に力を入れている当院へ入職しました。入職後、ICUやERでの勤務を経て、現在は救命病棟の師長として働いています。(救命病棟は、2024年度に当院が指定を受けた救命救急センターの中核機能を担う病棟です)
患者さんが安心して医療を受けることができ、なおかつ、スタッフが生き生きと働ける環境をつくるため、医師や他職種の方との連携や調整、重症患者に対するケアの指導などに力を入れています。「生き生きと働くこと」の実現のために、スタッフがやりがいをもてたり、やりたいことを思い切りできたりする環境を整えることも、私の大切な役割だと思っています。そして、自分自身も、関心の強い災害看護に従事し続けられるよう、自己研鑽を継続していきたいです。
スタッフには、「値を見ずに、自分の目で視て、触れて、患者さんを看ること」、「自分の家族だったらどんな看護をしてほしいか考えてみること」を大切にするよう伝えています。入院されている患者さんにはさまざまな機器が使用されており、機器を通じて多くのデータを私たちは入手することができます。しかし、私たちが看るのは、「値」ではなく、「患者さん」です。まずはベッドサイドに赴いて患者さんの訴えに耳を傾け、自分の目で看ることを大切にし、「いつもと違うこと」があればすぐに気付けるよう、日々の業務のなかで指導しています。
そして、部署のスタッフが楽しく笑顔で働くことができ、看護が楽しいと思える環境づくりを何よりも大切にしています。





