2022.07.22(最終更新日:2022.09.08)
第18回 無理矢理客を酔いつぶすと主人は大喜び?
米盛病院の非常勤医師であり、焼酎マイスターの資格も持つDr.畑がお届けする鹿児島ならではの焼酎雑学。
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皆様、こんにちは。宇治徳洲会病院救命救急センター長(兼米盛病院非常勤医師)の畑です。
米盛病院の常勤医を辞してから、早2年の月日が過ぎてしまいました。真っ赤なヘリ「レッドウィング」に乗り、現場へ飛んでいった日々が懐かしく思い出されます。
鹿児島で暮らしていた6年間は本当に輝いた思い出でいっぱいです。
ところで、私と同じようにかつて鹿児島で5年ほど暮らし、「焼酎入門」ならぬ「薩摩見聞記」という本を書いた人がいました。皆様、本富安四郎(ほんぷ やすしろう)という人をご存じでしょうか?
本富は新潟の人で、鹿児島赴任当時は宮之城の小学校で校長先生をしていたそうです。ちなみに、連合艦隊司令長官だった山本五十六も彼の教え子だったそうですよ。
「薩摩見聞記」とは?
さて、「薩摩見聞記」には明治20年代の鹿児島のことが詳しく書かれています。
その内容は、土地・歴史・人物・教育・風習・農作物・温泉…etc.と多岐にわたっていました。
ネットで検索すると、今でも読めるようです。ぜひ、一度ご覧になってみてください。
「薩摩見聞記」に記された焼酎のこと
「薩摩見聞記」には、もちろん焼酎のことも書かれています。特筆すべきはお客への接待方法です。以下、一部を抜粋してみました。
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焼酎は味わいながら楽しみましょう!
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勧められた焼酎を断れば、それこそ羽交い絞めにして無理矢理飲ませ、ぶっ倒れれば大喜びなんて、まるで私の学生時代の運動部のようですね。
私もかつては「イッキイッキ」とやられましたし、やり返してもいました。新入生歓迎会の時は、まさに決死の覚悟で行ったものです。今、同じことをやれば、犯罪行為ですね。さすがに今の私は時効だと思いますが…。おおらかな時代でした(笑)。
でも、たまには明治の頃の主人の気分で、誰かを酔わせてみたいなぁ…。おっと、犯罪ですね。無理強いはダメです。皆さんは絶対しないでくださいね。
それにしても、「年中絶えず痛飲す」なんて、鹿児島の人は昔から本当に焼酎が大好きだったのですね。
さて、今日の私はオンコール当番、緊急手術に備えて自宅待機の日です。体は仕事モードですが、肝臓はお休みモードといたしましょう。
皆様も「痛飲」はやめて、たまには肝臓を労わってあげてくださいね。
次号は「焼酎に関する最古の記述は落書き!?」です。お楽しみに!

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焼酎マイスター Dr.畑
宇治徳洲会病院 救命救急センター長 / 米盛病院 非常勤医師 畑 倫明
焼酎と温泉をこよなく愛する医師。追求心が強すぎて、好きなだけでは飽き足らず、「温泉ソムリエマスター」に続き、このたび「焼酎マイスター」「焼酎唎酒師」も取得!