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2022.06.07(最終更新日:2022.09.02) INTERVIEW ~気になるあの方にお話聞きました~

クラウドファンディング支援者インタビュー 合同会社ゲネプロ代表/下甑手打診療所所長 齋藤 学さん

「Close to home ~できるだけ家に近いところで~」
民間医療用ヘリとの連携で離島医療の理想を実現

「どこでもドア」「タケコプター」「質の高いのび太くん」

「Dr.コトー診療所」のモデルになった前所長・瀬戸上健二郎さんの後を継ぎ、齋藤さんが所長を務める下甑手打診療所

離島医療には大切な“3本柱”があります。ドラえもんで例えるなら「どこでもドア」「タケコプター」「質の高いのび太くん」です(笑)。
「どこでもドア」は遠隔での支援のこと。ICTを活用して、遠方の専門家に相談したりアドバイスを受けたりします。しかし遠隔で支援可能なのは知識面のみですので、技術的な支援が必要な時は、島外の医師の元へ「タケコプター」、すなわちヘリコプターで患者さんを搬送します。そして「質の高いのび太くん」とは、島医者としてやっていけるスキルを持った医師のこと。私はその必要性を感じ、2014年にゲネプロという会社を立ち上げ、へき地医療トレーニングの最先端、オーストラリアと連携し、離島やへき地で闘える医師の育成を行っています。

さて、この3本柱のひとつ、救急患者さんを救ってくれるドクターヘリですが、甑島に赴任してからこのありがたみを日々感じています。ですが、一方で、大腿骨頚部骨折など、ドクターヘリの適応にならない患者さんは、船や救急車などを乗り継いでやっと本土の病院に搬送されるという、とても大変な思いをしていることも身をもってわかりました。搬送に医師が同行する必要がある場合は、その間「無医島」となってしまうこともあります。

 

多目的に活用できる医療用ヘリが必要

私がこのようなドクターヘリの抱える問題と初めて向き合ったのは、今からさかのぼること20年ほど前。地元・千葉県で地域医療を担うことを志して医師になった私は、医学部を卒業して3年間、地元の病院に勤務しましたが、その後、地域医療に貢献するために欠かせない救急医療の研鑽を積むため、沖縄県の浦添総合病院に入職しました。ある日、師と仰ぐ当時の院長・井上徹英先生が、私を病院の屋上に連れ出し、医療用ヘリ導入の構想を話してくれました。しばらくして、実際に浦添総合病院での医療用ヘリの活用が始まりました。浦添総合病院独自で運用するヘリは、救急患者さんだけでなく、治療がひと段落した患者さんや「最期を島で迎えたい」と望まれる末期がんの患者さんの転院搬送など、多目的に幅広く活用されていました。

ところが翌年、民間医療用ヘリから沖縄県ドクターヘリへ移行し、公的な役割を担うこととなりました。救急隊からの要請で一刻を争う患者さんのもとへ医師や看護師を運ぶドクターヘリは、対象患者や同乗する医療者などルール面での制約が多いため、以前のような幅広い活用ができなくなってしまったのです。「多目的に活用できる医療用ヘリも必要だ」という師匠の言葉がずっと私の頭に残り続けました。それから少し経って、冨岡先生(現米盛病院副院長)が福岡の和白病院、そして米盛病院で医療用ヘリの運用を立ち上げるという話を聞き、どんな展開になるのかワクワクしていました。これは私が甑島に赴任する前の話です。

 

可能な限り住み慣れた島で治療を

診療所からの眺め。患者さんが住み慣れた島でギリギリまで治療できるよう努めている

月日は流れ、私が甑島に来て2年目の今年1月、米盛病院を運営する社会医療法人緑泉会と甑島のある薩摩川内市が協定を締結しました。これにより、下甑手打診療所からの要請で“Red Wing”が出動して米盛病院の医師や看護師が甑島まで患者さんを迎えに来てくれたり、米盛病院での治療を終えたものの痛みなどが原因で陸路・海路で島に戻ってくることが難しい患者さんを、島まで移送してくれたりする環境が出来上がりました。「多目的に活用できる医療用ヘリ」が甑島の空に飛ぶこととなったのです。実際に運用が始まった今、患者さんはもちろんですが、私たち医師にとっても精神的な負担が大幅に軽減されました。米盛病院の先生たちが迅速に来てくれる安心感・安堵感はとても大きいものです。

離島という最前線で戦っている私たちにとって、米盛病院のみなさんのバックアップはとても心強く、海を隔てていますが同じチーム、という気持ちです。ヘリが来てくれるからすぐに搬送をお願いすればいい、と思われるかもしれませんが、いざという時のバックアップがあるからこそ、可能な限り患者さんの住み慣れた島で治療しよう、とギリギリまでがんばれるのです。

Close to Home」、できるだけ家に近いところで。米盛病院から民間救急ヘリ“Red Wing”が甑島に飛んでくれるようになり、このキーワードの実現に近づいたということを、日本中にアピールしたいと思っています。
そんな思いを込めて、今回クラウドファンディングの支援をさせていただきました。

 

齋藤 学(さいとう・まなぶ)

下甑手打診療所 所長、ゲネプロ代表


1974年千葉県生まれ。2000年に順天堂大学医学部卒業。地元の国保旭中央病院で研修後、浦添総合病院(沖縄県)で救急医として研鑽を積む。フライトドクターとして離島に出向くたび、離島医療の過酷さを実感する。同病院で救命救急センター長を務めた後、診療の幅を広げるため、離島医療や在宅医療、内視鏡を含めたがん診療を学ぶ。離島やへき地で闘える医師を育てるためのトレーニングを探して、世界の離島・へき地医療の現場を巡り、14年に離島・へき地医療や総合診療医の教育プログラムを提供する会社「ゲネプロ」を設立、代表に就任。17年にはオーストラリアへき地医療学会と提携を結んだ「Rural Generalist Program Japan」を始動。20年より現職。

合同会社ゲネプロ

ゲネプロのホームページはこちらから
https://genepro.org/

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