2021.03.22(最終更新日:2021.04.30)
【ジュビロ磐田】チームのJ1 昇格のために、持てる力を出し切りたい|遠藤 保仁選手インタビュー
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地域の輝く方々を米盛病院の広報スタッフが取材。
アツい思いやモットーなどを伺います。
米盛病院は、ジュビロ磐田のメディカルパートナーとして、鹿児島キャンプの期間中、選手のけがや病気のケアを行っています。
そのようなご縁もあり、今回、ジュビロ磐田 遠藤 保仁選手にリモートでお話を伺いました。
チームのJ1 昇格のために、持てる力を出し切りたい
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2月某日、鹿児島市鴨池の白波スタジアム(鹿児島県立鴨池陸上競技場)で、鹿児島キャンプを行っていたサッカーJ2リーグ ジュビロ磐田。
チームに所属する遠藤保仁選手にリモートインタビューをさせていただき、今季の目標や高校時代の思い出、地元鹿児島への思いを語っていただきました。

米盛病院広報誌 制作中♪|ジュビロ磐田鹿児島キャンプ

高校時代に印象に残っている 部活でのエピソード
印象は、とにかく「きつい」という言葉がまっさきに頭に浮かびます(笑)
日々の練習もそうですし、合宿や試合もそうですけど、3年間非常に厳しく育ててもらったっていうのが強く印象に残っています。 あの時代があったからこそ今があると思っているので、高校3年間は非常に感謝しています。
高校時代のライバルについて
鹿児島県内では、基本的に同学年の上手い選手はほぼ全員鹿実に入学したので、他チームにライバルという印象はありません。
小学校低学年からの知り合いで、れいめい高校に進学した原信生(セレッソ大阪入団)も、ライバルというよりは友達という感覚でしたね。
県外に目を向ければ、九州では東福岡高校の本山雅志(鹿島アントラーズ入団)や、全国となると清水商業高校の小野伸二(浦和レッズ入団)など、彼らはやっぱり一緒に対戦した中でも上手い選手だったと覚えています。
当時監督だった竹田順数先生との思い出
毎日バスで送迎していただき、兄貴二人が(鹿実に)通っていた幼い頃から、竹田先生とは顔見知りで優しくしてもらいました。本当に感謝しかないです。
高校時代の部活以外での思い出
ないです!(笑) ほぼ部活だったのでその思い出しかないかも。
まず学校生活が厳しかったですし、鍛えられたイメージしかないですね。部活の思い出だと、遠征先では楽しいことも結構あったことを覚えています。そういう意味では、ハードな生活でしたが、それなりに楽しく過ごしていたかもしれません。
母校である鹿実への思い
最近、全国の舞台でその名前を聞く機会が減ったように感じるので、ぜひ頑張って欲しいなと思っています。
卒業生としては、やっぱり鹿児島でサッカーと言ったら鹿実! と思っているので、競争は激しいと思いますけど、またテレビや新聞のスポーツ面で母校の活躍を見たいですね。
ジュビロ磐田で、どのような働きをしたいか
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昨シーズンの最後の方(10月)からの加入でしたが、チームのみんなと良い関係を築けていると思います。
今シーズンは最初から一緒にプレーできるので、もちろんプレー面でもチームに貢献したいと思ってますし、若手選手の良い見本にならないといけないと思っているので良いアドバイスを若手に送ってあげたいですね。その辺を多少なりとも意識しながら今シーズンやっていければと考えています。
ケガ予防で心がけていること
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ルーティンは基本的にはないですが、年を重ねるごとにケガのリスクは間違いなく上がってくると思うので、若いときよりストレッチやトレーニングなど、さまざまなものを取り入れることが増えたと思います。
もちろん自分に合う合わないはありますけど、良いと思ったものは取り入れつつ、周りの意見も聞きながら、ケガをしないように練習や試合の前後にもカラダのケアをして、日々臨んでいる感じです。

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現役を続けるためのエネルギーや原動力について
幸い大きいケガがないので、フィールドに立てる限りは立ち続けたいと思っています。
その中にはもちろん競争もありますし、みんなと喜びを分かち合えるところもあります。
まずはチーム内での競争に勝って、目の前の試合に出たいということ、そして試合に勝ちたいというのが一番のモチベーションになっています。
何歳までやる、とは決めていないですけど、今はそれを楽しんでやっている状況です。
今季の目標
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まずは、「チームとしてJ1昇格」というのが最大の目標です。そのために自分の力を全て出し切りたいという思いしか本当にありません。 何点取りたいとか、何アシストしたいとか、数字の部分は気にせず、ひとつでも多くの試合で、勝てるゲームを増やすために自分の力を100%出したいなと思っています。それで昇格できれば最高ですね。
地元 鹿児島について
休みの間は趣味である旅行に出かけることが多いので、あんまり地元には帰って来れてないですね。
でも、やっぱり帰って来て桜島を眺めると、雄大だしかっこいいなと改めて感じます。黒豚やきびなごなど食べ物も美味しいので、鹿児島に帰ってくるとやっぱり地元っていいなと思います。
鹿児島のサッカー少年・少女に向けて
もともと鹿児島はサッカーが盛んなところですし、鹿児島ユナイテッドFCもありますから、僕が小さかった頃より間違いなくサッカーをする環境は良くなっていますよね。
さらに、さまざまな国のサッカーをすぐに見られる環境の中で、世界で活躍したいと思っている子どもたちは多いと思うので、高い目標を持って、サッカーに取り組んで欲しいと思います。
あと言えることは、サッカーだけではなく、友達をいっぱい作って外で遊んで、体をいっぱい動かすということも非常に重要だと思います。
スマホとかのゲームも楽しいとは思いますが、みんなとワイワイしながら、いろんな選手のマネをしたり、カッコいいプレーを練習したりするのも、すごく大事なことだと思います。
とにかくサッカーを楽しみながらやって欲しいなと思います。
将来、鹿児島でプレーする可能性について
未来のことは誰にも分からないので、プレーするかもしれないし、しないかもしれないですけど、鹿児島ユナイテッドFCのことを応援しているのは間違いありません。会社の中に知っている人がいますし、もちろん選手の中にも知っている人がいるので、頑張って欲しいなって今は応援しています。案外プレーする可能性は0ではないかもしれませんが…分からないです(笑)
皆さんへ一言
今、コロナの影響で、世の中の全員が大変な思いをされていると思います。みんなで力を合わせてこの状況を乗り切れるよう、僕らはサッカーを通して皆さんに希望を与えていけたら良いなと思っています。
今シーズンもジュビロ磐田、そして僕自身の応援をよろしくお願いします。きばっどー!
遠藤選手から皆さんへの動画メッセージは「米盛病院YouTubeチャンネル」から♪

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遠藤選手の高校時代をよく知る「元鹿児島実業高等学校サッカー部の監督・竹田順数先生」のインタビューはこちらから。当時の貴重なお話を伺いました!
Profile
遠藤 保仁(えんどう やすひと)選手
1980 年鹿児島県桜島町(現鹿児島市)生まれ。
桜島町立桜島中学校卒業後、鹿児島実業高等学校入学。
1998年、高校卒業と同時に横浜フリューゲルスに入団。
翌年、京都パープルサンガに移籍。
2001 年、ガンバ大阪に移籍し、2020年からジュビロ磐田へ期限付き移籍。
米盛病院 広報課スタッフ取材メモ
今号(vol.27_2021年3月号)では、サッカーの遠藤保仁選手・ゴルフの稲森佑貴プロという一流のアスリートにお話を伺う機会に恵まれました。
お二方から共通して感じたことは、ぶれない信念と強いメンタル。弊誌も地域の皆様に役立つ情報を、ぶれずに真っ直ぐお届けできるよう努めてまいります!