大動脈解離
病気の概要
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大動脈は、内膜・中膜・外膜の三層で構成されています。大動脈解離とは、高血圧などが原因で内膜に亀裂を生じ、この亀裂から血管壁の中に血流が流れ込み、層構造が別々に剥がれていく(解離してしまう)病気です。
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正常な層構造が壊れた大動脈は弱くなり、最悪の場合、破裂してしまいます。心筋梗塞や急性心不全など、死に至る合併症を引き起こす危険性があります。また、大動脈壁の解離によって重要血管が閉塞すると、脳梗塞や下肢の虚血(血液が十分に供給されていない状態)が生じます。
大動脈解離が生じた場所や範囲によって、Stanford A型、Stanford B型に分けられ、予後や治療方法も大きく異なります。
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【Stanford A型の場合】
心臓に近い上行大動脈に解離があり、致命的な合併症を引き起こすリスクが高いです。
心臓や脳に血液を供給している血管への血液が減少し、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす危険性も高いため、緊急手術が必要となります。
また、心臓のまわりに血液がたまることで心臓が圧迫され、血圧が低下する「心タンポナーデ」と呼ばれる状態を引き起こす危険性もあります。
70代 男性 一般的な症例
50代 男性 合併症ありの症例(脳虚血)
50代 男性 合併症ありの症例(下肢虚血)
【Stanford B型の場合】
解離が心臓の近くには及んでいないため、心臓に関連した致命的な合併症が起きる頻度は低くなります。
60代 男性 Stanford B型
症状について
最も多い症状は、予兆なく突然起きる胸や背中の激しい痛みです。冷汗をともなうほどの強い痛みが胸や背中に突然生じた際は、大動脈解離の可能性があります。また、左右の腕の血圧差や高血圧、心不全症状、下肢虚血など、大動脈解離が生じた場所や広がりによって、さまざまな症状が現れます。
緊急性が高いため、救急車を利用するなど、一刻も早く病院を受診してください。
検査について
造影CT検査(冠動脈CT検査)、心臓MRI検査、MRI検査、血管超音波検査(血管エコー検査)、心臓超音波検査(心エコー検査)、心電図検査、胸部・腹部レントゲン検査などを行います。
【ご参考】
治療
上記の通り、大動脈解離が生じた場所や範囲によって、Stanford A型、Stanford B型に分けられ、予後や治療方法も大きく異なります。
【Stanford A型の場合】
心臓や脳に血液を供給している血管への血流が減少し、脳梗塞など致命的な合併症を引き起こす危険性が高いため、Stanford A型の場合は緊急手術が必要となります。 特に、心臓に関する合併症(心筋梗塞・急性心不全・心タンポナーデ)や脳の合併症(脳梗塞)が起こりやすいことから、迅速な対応が不可欠です。
治療では、内膜の亀裂部分(解離の始まり)を切除することが重要であり、その場所に応じて上行大動脈、あるいは上行と弓部大動脈を人工血管に置換します。
70代 女性 Stanford A型
- 上行大動脈人工血管置換術 (術前)
- 上行大動脈人工血管置換術 (術後)
50代 男性 Stanford A型
- 上行弓部大動脈人工血管置換術 (術前)
- 上行弓部大動脈人工血管置換術 (術後)
【Stanford B型の場合】
心臓や脳へ血流を送る動脈が保たれるため、心筋梗塞や心不全、脳梗塞の頻度も低く、一般的に保存的治療が行われます。保存的治療は、薬剤を使用して血圧を下げる、痛みをとる、安静からなります。
ただし、大動脈が拡大して破裂の危険がある場合や、腹部の重要な臓器や下肢に虚血を生じ命の危険がある場合などは、人工血管置換術やステントグラフト内挿術などの手術を行います。
60代 男性 Stanford B型・破裂
※エントリー:血管壁の中に血流が入り込む流入口
先制的胸部大動脈ステントグラフト内挿術
Stanford B型での保存的治療では、9割近い方が生存退院できます。その後の慢性期には、血圧の厳重なコントロールや運動制限(血圧が上昇するようなあまり無理な運動を避けるなど)を行いながら経過観察していきます。
急性期の不安定な時期を無事に乗り越え、解離が安定した状態での退院となりますが、大動脈解離そのものが治ったわけなはなく、解離はそのまま残っているため、遠隔期に大動脈が拡大して破裂したり、「解離性大動脈瘤」となって手術が必要になったりする場合があります。
80代 男性 Stanford B型 保存的治療後に大動脈が拡大
この問題を解決するため、先制的胸部大動脈ステントグラフト内挿術の有効性が報告され、近年盛んに行われるようになりました。
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ステントグラフト 折りたたまれたステントグラフト(金属製のばねのような骨組みを縫い合わせた人工血管)を収納したカテーテルをそけい部(足のつけ根)を約3㎝切開して血管から挿入し、患部に到達したらステントを拡張して大動脈内でその形状を維持させる治療法です。目的は内膜の亀裂部分(エントリー)をステントグラフトで閉鎖して、解離腔内への血流を制御することで、解離腔が縮小して元の型に戻る(大動脈リモデリング)を誘導することです。
患者さまの身体への負担が少ないステントグラフト治療を発症早期のStanford B型に行った場合の死亡率は、手術治療よりも低く、保存的治療とほぼ同等の結果が近年得られています。
また、保存的治療を継続するよりも大動脈の拡大が抑えられ、遠隔期の瘤破裂など大動脈解離に関連する有害なイベントを減少させ、生存率が改善することが報告されています。
当院での慢性期のStanford B型や解離性大動脈瘤に対するステントグラフト治療の経験からも、解離発症早期に介入した方が慢性期(発症から数年経過してなど)に治療を行うよりも良い結果が得られています。
このことから、Stanford B型の遠隔期瘤化・破裂を抑止するための先制的胸部大動脈ステントグラフト内挿術を積極的に取り組んでいます。
(メリット)
- 開胸や人工心肺を必要とせず、手術時間が短く、身体への負担が少ない。
- 合併症のリスクが低い。
- 開胸術に比べて回復が早く、入院期間が短い。
- 術前の体調、生活レベルに戻るまでの時間が人工血管置換術に比べて短い。
- ステントグラフトを挿入した大動脈の解離腔が縮小して元の型に戻る。(大動脈リモデリング)
- 遠隔期の大動脈解離に関連する有害なイベントを減少させ、生存率を改善することが期待出来る。
(デメリット)
- 大動脈の走行、内膜の亀裂部位と重要な分枝血管との位置関係などの「解剖学的条件」から、ステント治療があまり好ましくない患者さまもいらっしゃるため、全ての患者さまが適応となるわけではない。
- 治療後長期間経過すると、漏れが生じる、折れ曲がる、位置がずれるなどのケースが生じる可能性があり、追加治療を必要とする場合がある。
(その他の問題点)
- 内膜の亀裂が複数ある場合、その亀裂を全て治療し完全な大動脈リモデリングを得るためには、何度かステントグラフト治療を必要とする場合もあります。大動脈解離の仕方は千差万別で一言で治療方法を述べることは困難です。主治医、担当の先生から十分な説明を受けて、ご自身の病状をよく理解してから治療を受けてください。
870代 男性 Stanford B型
- Stanford B型 発症時
- エントリー閉鎖のための先制的胸部大動脈ステントグラフト内挿術 (胸部大動脈のリモデリング完成)
- 腹部大動脈に内膜亀裂が残存し、解離が完治していない状態 (腹部大動脈のリモデリングが進まない)
- 腹部大動脈領域の内膜亀裂を、ステントグラフトを追加して閉鎖 (腹部大動脈のリモデリング完成)
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監修:山本 裕之
心臓血管外科主任部長・血管外科部長
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